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☆☆『タイタンの妖女』――だけど、なんて美しいんだ!
評価:
カート・ヴォネガット・ジュニア
早川書房
¥ 672
(2000)
 すべての時空にあまねく存在し、神のごとき全能者となったウインストン・N・ラムファードは、戦いに明け暮れる人類の救済に乗り出す。だが、そのために操られた大富豪コンスタントの運命は悲惨であった。富を失い、記憶を奪われ、太陽系を星から星へと流浪する羽目になったのだ。最後の目的地タイタンで明かされるはずの彼の使命とはいったい何なのか? 心優しきニヒリストが人類の究極の運命に果敢に挑戦した傑作!
 すごかった。左で「どれくらい読めこめるだろうか」なんて書いてたけど、恥ずかしい。この本でまざまざと気づかされたんだけど、いまだに僕はSFなりファンタジーなりミステリーなりの古典・名作を読むときに、身構えてしまうところがあって、というのはつまり、この難解な作品はこれこれこういう意義においてすばらしいんだろうな、みたいな風に構えてしまうわけです。最近やっと気づきました。大馬鹿者だ僕は。
 とにかく、面白かったです。すっごい面白かった。誰がどう本を読もうが勝手なんだけど、この本が難しい、あるいは難しいんじゃないか、と思っている方はぜひ意味を読み解こうとせずに(もちろん、そうしてはいけないなんてこともないですが)、普通に、そのままに、変だと思ったら変だと思い、笑うなり怒るなり泣くなりなんなりして、気楽に読んでほしいと思います。すばらしい作品というのは、気楽に受け取っていたって、なにかがひっかかりいつのまにかいろんなことを考えてしまうと思うから。そしてまず、とびきり面白いのだから。

 しかし最近はいい本ばかり読みすぎて、ちょっと怖いぐらいだなー。まあジャンル初心者というのはある程度そんなものなんでしょうけど。

 ってわけで、あとはネタバレってほどでもないですが、そういう話です。
 
 
 
 
 

 まず最初に。解説の最初の1ページがすばらしいですね。冗長と知りながら、あの文章に自分の感想を重ねる感じで書いていこうと思います。

 この本もそうだったんですが、最近裏表紙のあらすじを見ずに読み始めることが多いです。で、どういう話なんだろうと思いながら読んでいって、まずスケールのでかさに興奮しました。恐れずに言いますが、この本をマラカイ・コンスタントを通して、人間とかその生とか時間とか、つまるところ人生を描いたものとして読んだのですが、なんてすごいストーリーなんだろう、と感動しまくり。あまりくどくどと書きたくはないですが、P.142の「UNK」の文字とか、P.301の「お待たせしましたな、閣下。コンスタントの息子がそれを持っているよ――幸運のお守りと名づけてね」とかなんて、もう鳥肌が立ちました。
 話の筋もそうだけど、言い回しもすごくいい。これまたくどくどと書きたくはないのですが、やはりとびきりのラストにやられました。単に、泣けるのでも、気が利いてるので、上手いのでも、洒落てるのでも、落ちてるのでもなく、それら(以外のものも)が混ざってこれしかないというぐらいの終わり方。ただ、ため息をついて読み終えました。いい。

 ちょうど昨日一昨日と『働くことがイヤな人のための本』なんてのを読んでたのですが、その中から『タイタンの妖女』の感想とすごく重なってくる部分を引いてみたいと思います。
 私が言いたいのは[中略]身も蓋もない真実である。すなわち、人生とは「理不尽」のひとことに尽きること。思い通りにならないのがあたりまえであること。いかに粉骨砕身の努力をしても報われないことがあること。いかにのんべんだらりと暮らしていても、頭上の棚からぼたもちが落ちてくることがあること。いかに品行方正な人生を送っても、罪を被ることがあり、いかに悪辣な人生を送っても賞賛され賛美されることがあること。
 そして社会に出て仕事をするとは、このすべてを受け入れるということ、その中でもがくということ、その中でため息をつくということなのだ。だから尊いということ、これがなかなかわかってもらえないかもしれないから、これから言葉を尽くして語りつづけようと思うが、私の言いたいことの核心なんだよ。(P.40-41)

 私は人生の過酷な面だけを強調したいわけではない。なかなかどうして、この人生は妙味のあるものだよ。[中略]それは、やはり理不尽の最中で「美しい」としか言いようのない人生を送っている人に会うことが少なくないからなんだ。(P.162)
 どうでしょうか。あまりにも『タイタンの妖女』とダブって、軽く驚いたりしました。
 またも恐れずに言いますが、僕もまたこの本を読んで「なんて美しいんだろう」という思いを持ちました。それは、エピローグに出てくるビアトリスの著書のこととか、クロノの「僕に生命をありがとう。さようなら!」という言葉とか、「天にいるだれかさん」のこととかを考えると、こんなことなんじゃないかと思うんです。つまり、誰かに利用された(されている)としても、利用した(している)としても、神がいたとしても、いなかったとしても、巡り合わせがあまりに理不尽で残酷だったとしても、それでもなお、各人の思いは信じてみてもいいのではないか? それは、滑稽なほど、理不尽で、耐えがたく、苦しく、無意味で、無価値で、だけど、どうしようもなく美しいと感じるのです。
 「おじさんは、この世界で人間たちのやらかしているバカな行ないに、腹が立って、悲しくてならないけれども、それでいて、そんな人間たちが大好きなのです。[中略]どうしようもなくバカな人間たちの姿を時には誇張したり、時にはいたわりにくるんだりしたこっけいな作り話で、聴き手を笑わせながら、その笑いをつうじて、聴き手の心に、ほんの束の間でもいい、人間どうしのつながり、思いやり、といったものをかきたてられたら、と願っている―― そんな作家がカート・ヴォネガットではないでしょうか。」(P.341)

・関連リンク
「きまぐれザムザの変身願望」さんの「私の愛したSF(10) 『タイタンの妖女』」
「へそ日記」さんの「タイタンの妖女 / カート・ヴォネガット・ジュニア」
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コメント
ちょっと方向性は違いますが、奇遇にも私もこの本をよんでちらっと仕事のことを考えました。
っていうのは仕事ってある意味自分を、あるいは自分の商品を、知識を利用してもらって何ぼの世界ですもんね。これを金銭の移動しない関係にまで広げて考えるのは…。死ぬ間際になっても難しいかも(笑)。
ラムファード夫人、ていうかカート・ヴォネガットおそるべし。
| | 2007/05/01 6:50 PM |
 こんばんは、コメントありがとうございます。ええと、トラックバックをいただいたtoratiさんのコメントかな……? ちがったらすいませんです。悪いことにはつかいませんので(って悪人のセリフだ)、できたらお名前をお願いします(笑)

 で、コメントについてなんですが、そうそうそう、そうなんですよ。実は死ぬ間際のことと仕事のことでラムファード夫人のことをちらっと考えたりしたんです! あの著書こそが、理不尽にぶちあたりまくってなおそれを真正面から捉えようとした、「剥き出しのまま死の不条理を味わい尽くすこと」だったんじゃないかって思ったりします。コンスタントに読んで聞かせてたけども、しかしそれが目的として書かれた本じゃないだろうし、ただ自分のために、いや、自分の生と死のために書かれていたように思うからです。
 だから、あの最後のほうは、本当に上手くいえないんですけど、各登場人物がすごく美しく感じるし、ヴォネガットはすげえなー、って思いますよね。
| 智洋 | 2007/05/01 9:45 PM |
はい、とらちです…。
おかしいな、ちゃんと入れたと思ったんだけどなー。
失礼いたしました〜^^;
| torati | 2007/05/01 11:32 PM |
 あ、やっぱりそうでしたか。
 ってか、こちらこそお手数おかけしてすいませんです。
| 智洋 | 2007/05/02 12:30 AM |
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タイタンの妖女 / カート・ヴォネガット・ジュニア
おーはー(もう昼だけど)。突然ですが、みなさん自分の人生を送っていますか?自分が自分自身の人生を送っているとすっかり思っていたのに実はぜんぜんそうじゃなかったとしたらどうされますか?怒りますか? 暴れますか? ベッドの上で飛び跳ねますか?でも、それ自
| へそ日記 | 2007/05/01 12:48 PM |
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