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☆『幼年期の終り』――宇宙はとてつもなく大きい
評価:
アーサー・C・クラーク,福島 正実
早川書房
¥ 756
(1979-04)
 人類が宇宙に進出したその日、巨大宇宙船団が地球の空を覆った。やがて人々の頭の中に一つの言葉がこだまする――人類はもはや孤独ではない。それから50年、人類より遥かに高度の知能と技術を有するエイリアンは、その姿を現すことなく、平和裡に地球管理を行なっていた。彼らの真の目的は? そして人類の未来は? 宇宙知性との遭遇によって新たな道を歩みだす人類の姿を、巨匠が詩情豊かに描きあげたSF史上屈指の名作。(裏表紙より)
 言わずもがなの(“言わずもがな”って口に出したら噛みそうだ)SFの名作。オールタイムベスト的な作品です。
 ええと、まず最初にですね、僕の評価が4つ星(できるなら4,5にしたい)なんですけど、これは本当なら5つでいいと思うんです。思うんですが、上に書いたように名作中の名作でして、なんか適当にいろんな本をぱらぱらめくってると、結構いろんなところでこの作品のネタバレが書いてあったりするわけですよ! それでちょっと知っちゃってるわけですよ! いや、それでも面白かったんですよ! ああ! なんかもったいない! 大学卒業してから直接的なSFやファンタジーのジャンル論的な本は読まずに、まず作品に触れていこう、という方針で読書してるんですが、学生時代にすでに知っちゃってたんだよなあ……あー、記憶消したい! というやっちゃった感を覚えておくためにも4つ星にしときます!
 てわけで、未読のかたはほかの本でこの作品のネタがばれないうちに読みましょう! 仕掛けのある名作ってのはこういうところで怖いよ!

 じゃあもうそういうわけで、あとはネタバレしてるような文章で!
 
 
 
 
 
 結構前半後半で評価がわかれてるみたいですが、僕はどっちも好きだったかな。前半のオーバーロードの正体がわかるまでのサスペンスな感じも面白かったし(まあ、知っちゃってたんですけどね……)、後半のスケールアップしまくる感じもぞくぞくするものがありました。特に後半はさすがにあまり知らなかったのでよかったなあ。

 ぐだぐだ長く書き始める前に、リンク先でふたつ面白かったところを。
 「松岡正剛の千夜千冊」さんのこちら(かなり筋を追ってるので未読の方は注意!)から。
この、宇宙人が悪魔に似ていること、その悪魔のような姿に人間や子供たちが親しんでいくという発想は、その後のすべてのET映画の原型になった
 これは普通にへええ、って思いました。
 つづいて「目次が日本一のブログ」さんの「こちらから。
欧米キリスト教文化圏の人間にとっては、ラストに明かされる宇宙人の正体には凄い衝撃を受けるであろう。
 この指摘はすごい重要ですね。上の引用と併せて、日本ではあまり理解されないポイントが見えてきて面白いです。

 話は変わって。
 ときどき思うことなんですけど、ありぐらいの大きさの生き物にとって人間の存在はどんな風に感じられるんでしょう。たとえば人間の足が突然降ってきたとき、それをちゃんと認識できるのだろうか。それを延長していくと、人間にとって大きな自然現象、たとえば雷とかが単純に見ただけでは理解できないように(“神が鳴る”ってんだから)、地球は、とか、太陽系は、とか……って考えていくと、人間にとってそれの存在は、また逆に人間の存在はどんな風に感じられるんでしょう。そんな風にしてひたすらスケールアップしてまったく理解できないレベルにまでいったときに見えたもの。
 光だ! ぼくの下から――地球の内部から上へ向かって噴きあげてくる――岩も、地面も、何もかもを貫いて――だんだん明るくなる、明るく、ああ、目がくらむ――(P.372)
 このシーンは、とにかくすごいというほかないです。「モラトリアム」のA・Tさんはこう書いてます
リアリスティックな面だけではなく、オーバーロードに理解できなかった感情的な面が読者を熱くさせるのだ。それを壮大なスケールで描きあげたクラークの作家としての技量はすごいと思う。
取り残された人類としての痛みを感じ、それでいてあくまでポジティブな気分になれる・・・・・・。[引用者注。最初記事をアップしたときにこちらを引用し忘れてました]
 まったく同感で、そして不思議に思うのは、どうしてこの崩壊を、ちっぽけさを痛感することを美しく(?)、あるいは心地よく感じるのか。すごくタイムリーな記事があったので「―いねむりどくしょ―」さんのこちらの記事からまたまた引用します。
どうでもいいことですが、今まで生きてきた全ての生き物や人間と同じように、自分もまた歴史という大きな流れの一部なのだなということを最近しみじみと感じます。
いつか自分や周りの人たちのことも、
もしかしたら日本人というひとたちがいたということも、
さらにもしかしたら人類というやつらがいたということも、
忘れ去られてしまう日が来るかもしれない。
それでもやっぱりそれは大きな歴史の河の流れの中ではごく当たり前の小さな出来事で。
そしてこの大きな河に身をゆだねることって案外心地いいものだな
・・・なーんて。
インドの哲学にそんな考え方があるのを思い出しただけです。
何て言う河だったかな? インド哲学系の講義で習ったのですが、すっかり忘れました。
 まさにこの感覚。ひたすらちっぽけであることを、すっかりと包み込み押し流してしまう滅び(滅びでいいのかわかりません。言葉が見つからないのです)を、そのスケールを、不思議と心地よく思うこと。
 学生時代のとある講義で、美学には「美」と「崇高」という概念がある、という話を聞いたことがあります。その講義ではつっこんだ話はなかったし、それ以来なにか自分で掘り下げたりしたわけでもないのに、みょうに覚えてる話なんですよね。悪い景観と、その反発(巨大な建築物、しかもすごい人工的なものを見たときのわくわく感はすごいわかる気がします)を見たときもこれを思い出したし、廃墟(廃墟で検索するとやまほど愛好家がいることがわかります)になぜか心惹かれるときにも思い出します。『AKIRA』の感じなんかその両方なんでしょうけど、『幼年期の終わり』では『渚にて』の静かな静かな終焉とは対照的に、スケールアップしていく崩壊が不思議な強さで心に訴えるのを感じました。

・関連リンク
 
 「――いねむりどくしょ――」さんのGW中の更新休みます (05/09 追記)
 「きまぐれザムザの変身願望」さんの「私の愛したSF(16) 「幼年期の終り」
 「モラトリアム」さんの「SF読もうぜアーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』
 「松岡正剛の千夜千冊」さんの「アーサー・C・クラーク『地球幼年期の終わり』
 「目次が日本一のブログ」さんの「「地球幼年期の終り」 アーサー・C・クラーク 創元文庫
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コメント
松岡正剛氏の書評は復習用として重宝してますが、ネタばれ率が高いので、未読の方にはお勧めできませんねwすんげぇ難しい本を読まずに理解するには松岡正剛氏の書評は日本一の判り易さでいいですがww
| goldius | 2007/05/10 11:07 AM |
 goldiusさん、コメントありがとうございます。
 一応ネタバレありのところでのリンクなんですけど、たしかに松岡氏の書評は話の筋を結構詳しく追ってるんで、リンクの前後に注意書きもつけたほうがよかったですね。足しときます。
 でも、正直迷ったんですよー、あそこへのリンク。あそこだけじゃないんですが、ほかの優れた記事を見せちゃうと自分のがすごく空しくなってしまってつらいので(笑)でもほかの記事へのリンクは価値があると思うし、松岡氏のとこなんかはgoldiusさんの指摘と併せるとより面白いと思ったので、思い切って貼っちゃいました。
| 智洋 | 2007/05/10 12:25 PM |
私が読んだのは福島正実訳ではなく沼沢洽治訳のほうなので、どうしても「地球幼年期の終わり」と「地球」が付いてしまいます(^^;
そのため「地球幼年期の終わり」と書いている人をみると、ああこの人は私と同年代か、それ以上の人なんだなあと思ってしまうんですよ。
ちなみに今でこそ表紙は変わりましたが、当時の東京創元社の沼沢洽治訳の表紙は下記のサイトにある表紙だったんです。
http://fuzii.hp.infoseek.co.jp/comments/childhood01.html
| Takeman | 2007/05/10 2:31 PM |
 Takemanさん、コメントありがとうございます。
 あああー、たしかにリンクを貼った記事を見てもすっぱり2対2でタイトルがちがってて面白いですね。いま調べてみたら、発売時期が10年もちがったんですね。ううむ、どちらもまだ生まれてなかったりしますが(笑)なるほど、そういう時代感覚があるんですねー。
 表紙もまた、どことなく時代的ですね。僕はほとんど古本でしか本を買わないひどい人間なので、古い本を買うことも結構あるんですが、背景の感じが左下に「SF」って書いてあったふっるい『渚にて』みたいな雰囲気かも。しかし〈主上心〉ってすごい訳ですね!
| 智洋 | 2007/05/10 11:52 PM |
こんにちはー。
うわーなんだかものすごく恥ずかしい(笑)
とはいえ引用してくださってありがとうです。
そう、怖いのかと思いきや、これが結構心地良いのですよね。不思議なものです。

この記事を読むとこの本が気になってきます・・・。
アーサー・クラークなら面白いだろうしなぁ・・・。
| ユズハ | 2007/05/11 1:20 AM |
 ユズハさん、コメントありがとうございます。
 かなりプライベートな感覚を書かれてたので、正直引用していいものかどうか迷ったんですが、あまりにもタイムリーで驚いてしまってこれまた思い切って引用しちゃいました。いやだったらすいませんー。

 なんというか、あまりののみこまれっぷりに脱力感とか無常感(たぶん“観”じゃなくていいと思いますが不安だー)がむちゃくちゃあるんですが……なんだかよくわからない気持ちになってしまうんですよね。
 てゆか、「この記事を読むとこの本が気になってきます」とはまたすごいことです! うおー、こんなんでいいのかな……こちらもうれしはずかしでした(笑)
| 智洋 | 2007/05/11 2:06 PM |
 落ち込んだときに、山や海に行って、大自然の偉大さと自分のちっぽけさを感じることによって、悩みが吹き飛ぶというようなことがあります。僕にとって、この小説がまさにそういう感覚で、大宇宙の前には人間なんてちっぽけなもんだ(そしてそのちっぽけな人間の悩みなんざ、さらにちっぽけなもんだ)!自分を相対化、客観視させてくれるのが、SFのいいところだと僕は思います。
 打ち捨てられた旧人類としてのマゾヒズムも楽しめる作品だと思いました。もっと・・・・・・いたぶって・・・・・・・という。自分の文章が転載されるのも、恥ずかしいながらも嬉しいですねえ。「恥ずかしいけど・・・・・・もっとわたしを見て!」こんな感じです。
| | 2007/05/14 9:30 PM |
 ああっ、すみません、名前入れるの忘れてました。あまりの宇宙の大きさに無我に近づき、個人を超越した新人類になっていたのかも。
| A・T | 2007/05/15 7:01 AM |
 A・Tさん、コメントありがとうございます。
 この話はとにかく「でっかいなー」と思ったのがありまして、オーバーロードは適度に理解できないというか、まあ大文字の「他者」って感じで(コンタクト後に地球人的な意識ができたみたいだし)、おそらくそれゆえの反発がある、反発できるレベルの他者なんだと思います。
 けど、オーバーマインドとか新人類はもう「他者」ですらないというか、思いっきり理解の外というか、理解という言葉が使えないぐらいの、オーバーマインド=理解を超えた大宇宙って感覚で……ここまで行ってしまうと逆に反発すら感じないし、妙に心地よくなってしまうのかなあ、とか思いました。

 あ、あと、僕は引用ってやつが好きなのですが、引用していいのかどうかってあんまり考えなかったし、考えずに引いてしまいました。なので、複雑な心理みたいですが(笑)、たぶんだいじょうぶだったようでよかったです。
 最後に、文の感じでA・Tさんだってわかりましたよ(笑)
| 智洋 | 2007/05/15 3:25 PM |
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「地球幼年期の終り」 アーサー・C・クラーク 創元文庫
人類進化ものというジャンルを確立したSF史上に残る傑作。 進化した宇宙人にとっては、地球人の文明など、幼年期にすぎない。 幼年期を脱して地球人を成熟させる為にやってきた宇宙人との物語である。 地球文明イコール欧米先進国文明という視点が
| 目次が日本一のブログ(自称w挑戦者求む) | 2007/05/10 11:03 AM |
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