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『最初のRPGを作った男 ゲイリー・ガイギャックス 〜想像力の帝国〜』

 発売以来、ずーっと読みたかった本をついに読めました。TRPG好き、D&D好きにはたまらない本だと思います。

 

 とりあえず、へええって思ったところとかを挙げます。

 P.153 現代ウォーゲームの発明者と目されるH・Gウェルズは、1913年に『Little Wars』と題するミニチュアゲームのルールを出版した。ミニチュアを用いた戦闘ゲームのルールとして世に知られる最初のものである。

 まあもう、へええ、って感じだね! 最初の趣味人かな!

 p.159-160 TSRの「著作権違反で訴えるぞ」という脅しを受けた後、『トンネルズ&トロールズ』のフライング・バッファロー社は広告からD&Dに対する言及をすべて取り消し、D&Dや他のTSR製ゲームのことは「他のファンタジー・ロールプレイング・ゲームと呼ぶようになった。この語の初出は1976年8月1日のメタゲーミング・コンセプツ社カタログに乗った『トンネルズ&トロールズ』広告である。こうしてロールプレイング・ゲーム(RPG)という語が生まれた。

 まあもう、へええ、って感じだね!(二回目)

 読んでて何度も何度も裁判の話が出てきて、アメリカスゲェ! ってなったよ。ゲイリーが大成功してハリウッドでアメリカンドリーム感満々でセレブになったのも、アメリカスゲェ! ってなったよ。

 あと、引用だと飛び飛びで長くなっちゃうんで要約だけど、学生の失踪事件にD&Dが関係しているとの中傷とそれをメディアが大々的に取り上げたこと(のちに否定された)や、悪名高い「ダンジョンズ&ドラゴンズ被害者の会」などで、良くも悪くもD&Dは有名になった。そのタイミングでアメリカ最大の出版社と契約しており、ホビーショップでしか取り扱いのなかったD&Dが、そして“まさにいま”メディアで大々的に取り上げられているあのゲームが、どこの書店でも手に入るようになった、というミラクルをかましてめちゃくちゃ売れたってのも面白かったっす。

 P.166 ゲイリーにはこんな世間の家と違った振る舞いが珍しくなかった。アーニーとイリーズだけではなく、子供たち全員に、厳しくはあるが陽気に接していた。たとえばハイジは、「ハイジ、ボーイフレンドを作る。ゲイリー、その子をRPGに誘う。ハイジ、ボーイフレンドと別れる。ゲイリーのRPGは続く。ハイジ、元ボーイフレンドとしょっちゅう出くわす(現ボーイフレンドといるときにすら)」という目にあった。ゲイリーは後年、シンディやルークにも同じ憂き目を見せた。

 なんてこと! ボンクラパパ過ぎる!! ナイスエピソード!!! 

 

 で、最後にあちこちで絶賛された一節を引きます。

 p.284 天下に友情に勝る富はない。ある人には、人に交わって友情を得ることはたやすい。他の無数の人には、人に交わって友情を得ることは難い。そのような人々にゲイリーは旅の仲間を与えた。単なる友ではなく、危険な旅と奇怪な探索を共にする、自分と同じ冒険者を。
P.285 ゲーマー同士の結びつきは一種独特なものである。彼らは空想上の冒険を共にし、空想上の危険を共に乗り越えるだけでなく、互いに人格の一面を露にする(世間普通の交友ではなかなか明らかにならないような一面を)。今の世に友誼を結ぶもののうち「我らは地下迷宮を襲い、竜を殺し、幾度となく死の淵を覗いて生きて帰ってきた」と言い得るものがどれほどあろう。たとえ空想上の経験とはいえ、それはゲーマー一人ひとりの人格の一面――世の多くの人がだれにも見せない一面、夢見る人の面――に根ざしたものなのである。はばかることなく恥じることなく共同で想像力を羽ばたかせることは、実人生での深く長続きする友情にも繋がる。

 TRPGerの胸に響きまくる名文だ……! なんかいろいろ思いのたけをぶちまけようと思ったけどだめだ、すでに上の引用で語りつくされてるんだよな! 最高すぎる!

 

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