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『幻想物語の文法』
幻想物語の文法
幻想物語の文法
私市 保彦

 えーとまず、Amazonで検索するとこの本は三つ出てきまして、どれも新品で売り切れ、中古で新品以上の値段になってます。ぼくが買ったときはそうでもなかったので、たぶんどっかで見つかるとは思います。晶文社とちくま学芸文庫から出てます。ここでは晶文社のものを使って書きます。
 副題が「『ギルガメシュ』から『ゲド戦記』へ」となっているのですが、基本的に扱うテキストは近代の作品が多いです。やや神秘主義寄りで、それは合理主義批判というよりは、幻想が、闇や夜や呪術の世界が絶対に消え去ることがないというところからそういうスタンスになっていると感じました。
 ポーの怪奇小説や、ホフマンのゴシック小説、メルヴィルやヴェルヌの海洋冒険小説などなど、「形式」的なファンタジーに限らず関連のある作品を、また「呪術や、習俗や、信仰や、精神分析の分野にまで」(P222)渡って論じています。なので、簡単に区別できないと思いますが、「ファンタジー」というよりは「幻想文学」という色が強いという感じです。
 また『ファンタジー万華鏡』の記事でちょっと紹介している、現代のファンタジーの軽さについてですが、井辻朱美の言う「幻想世界で生きることが気楽ではなかった」という雰囲気がすごく伝わります。「この作品〔ホフマンの『悪魔の霊液』〕が発表された当初、読者のなかに何人もの発狂者を出したと詩人のハイネがつたえ」(P71)たそうですが、そういった暗くおどろおどろしい、しかしそれを希求せずにはおれなかったということは考えるべきなんでしょう。
 という感じで以上紹介でした。以下は気になったところ。

1、いまだに知らないことばかりだけど、『ギルガメッシュ』叙事詩なんて全然知らなかったというか、名前しか知らなかった。FFとかで。

2、<二人兄弟譚>というモチーフがあったのか。兄弟の話はたしかにいくつか読んだことがあるけど、主題になるほどメジャーなものだったのか、という思い。フレイザーの「共感呪術」(「以前触れたものあるいはひとつだったもの、または似たもの同士は相互作用を及ぼす」みたいな理論)や、精神分析的な自己の統合みたいな辺りと併せて面白いと思った。

3、シャミッソーの『影を売った男』が「近代小説として成功し、生きているのは、人が影をなくすことでどのように極限的な孤独においこまれるか、その具体的な描写の積み重ねにつらぬかれているからである」(P60)、「現実原理は昔話とは本来相いれないものなのに、ペローはそれをたくみにとりいれて成功しているのである。しかも、ペローはこのような手法を駆使して再話をこころみながらも、昔話の中心的なイメージと、恐怖の筋書きは、けっしてはなそうとはしない」(P147)など。やはりそう簡単に合理主義と切り離せるものじゃなくて、そこに立脚している。ロマン主義が啓蒙主義のもたらした解放に負っていることしかり。

4、『ファンタジー万華鏡』と併せて、地下のイメージ。「古代人の夢想のなかで、大地の体内は地下冥府となり、そのとき、螺旋は外の世界(冥府)をあらわすとともに、内の世界(内臓)をもあらわす記号になるのだ」(P98) こうした観点は『ゲド戦記』二巻の洞窟などがテナー/アルハの内面世界の探求だという解釈をもたらす。『ゲド戦記』に限らず、ファンタジーでは洞窟(ダンジョン)はすごく多いのでそのあたり面白い。「細い狭い暗い管をとおりぬける夢は出生の追体験かもしれないという精神医学の分析もある」(P104)そうで、『ドラゴンクエスト2』の名前忘れたあのクソ長い洞窟なんかほとんど「生まれ変わりの儀式」みたいなもんだったなあ。

5、ファンタジーのリアリティについて。またまた『ファンタジー万華鏡』と併せて、「抽象化され、様式化された感覚の方が、具体的な感覚より強い印象を呼び起こすことがある。これは「リアル」なものより、「リアルなものについての想像」の方がはるかに強烈であるという、イマジネーションの力学と夢想の美学の世界である」(P145)、「子どもの本のなかには、そうした人間の夢の元型が息づいているからである」(P222)などなど。3と併せて考えれば、近代的写実主義によりながら、その手法のリアリティとは別にファンタジーのリアリティ、本当らしさは願望が問題になる、という風になる。

 という感じでした。
| 学術・教養的な本 | 00:17 | comments(3) | trackbacks(0) |
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コメント
智洋さん、おはようございます。
先日は拙サイトにお運び頂いてありがとうございました。

面白そうな本をお読みになってますね。
個人的に、文学の祖を伝承に求めるならば、その正統後継者はファンタジーの中にこそあると思ってます。
粗製濫造・玉石混合な現状で、人々が「ファンタジー」という言葉から想起するイメージを考えると、私の主張などは「はぁ、何言ってんの?」と一蹴されそうですが・・・

「幻想物語の文法」は未読ですが、幻想物語には確かに固定的なパターンがありますよね。
日本の伝承文学ですと「貴子流離譚」なんて区分がありますが、このようなパターンは洋の東西を問わない不思議さがあります。
イザナギとオルフェウスの物語の酷似性などは、そのようなパターンが人々を惹き付ける魅力を持っていることの証拠の一つではないでしょうか。

「幻想物語の文法」ではギルガメシュからゲド戦記までが扱われているとのことですが、リン・カーターの「ファタジーの歴史」もほぼ同様の年代を網羅した本で、「文法」ではありませんが、もっとナマナマしい「商売の秘訣」という章があって結構面白かったですよ。
| Leon | 2005/11/05 6:50 AM |
 こちらこそまた来ていただいてうれしいです! って、あんまり尊敬してますオーラを出しすぎるのもLeonさん居心地悪いでしょうか(笑) いやでもほんと、ずっと見てたサイトの管理人さんに自分のサイトにきてもらえるというのは、すごいことです。

 それで熱を持っていろいろ書こうと思ったんですが、近所の大学の学園祭で、つきたての餅を食うという予定(?)があって、出かけなくてはならないんです。てわけで帰ってきたら改めて書き込みます!
| 智洋 | 2005/11/05 1:12 PM |
 遅くなりましたが書き込みますね。あ、ちなみに餅はあんまり美味しくなかったです。ど、どうでもいいなあ。

 って、つらつらと書いていたら妙に長くなってきてしまったので記事にしてみます。変に使いまわしちゃってすいません。
| 智洋 | 2005/11/06 2:11 AM |
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